最近よく聞く、あの話
最近よく聞く、製造業の「ブレインドレイン」の話。頭脳流出、か。言葉はちょっと大げさだけど、でも、現場の実感としては、かなり深刻なんだと思う。
要するに、長年工場を支えてきたベテランたちが、どんどん定年退職していく。で、その人たちの頭の中にだけあった「職人の勘」みたいなものが、ごっそり失われてる。あれだ、「属人化した知識」ってやつ。英語だと「Tribal Knowledge(部族の知識)」って言うらしい。なんか、こっちのほうがしっくりくるな。その工場っていう部族にしか伝わってない、口伝の知恵、みたいな。
正直、この問題って今に始まったことじゃない。でも、ここ1、2年で、急に「待ったなし」の状況になってきた感じがする。何が変わったんだろう。今日はその辺を、ちょっと頭の整理がてら書き出してみる。
なんで「今」こんなに騒がれてるのか
ちょっと前までは、技術伝承って言ったら「頑張ってマニュアル作ろう」とか「OJTの時間増やそう」とか、そういう精神論っぽくなりがちだった。でも、今は違う。ゲームのルールが、根本から変わった気がする。
なんでかって言うと、AIとかIIoT(インダストリアルIoT)みたいな技術が、ただのバズワードじゃなくて、本当に「使える」道具になってきたから。これが大きい。
具体的に言うと…
- AIコパイロット: これ、すごいよな。まるでベテランが隣に立って「次、このバルブを3ミリ開けて」みたいに、新人の作業をリアルタイムで導いてくれる。ARグラスとか使えば、もうSFの世界だ。
- IIoTとデータ基盤: 今までは個人の頭の中にしかなかった「この機械、なんか今日音がおかしいな」みたいな感覚を、全部センサーでデータ化して蓄積できるようになった。知識が、個人から組織の資産になる。
- デジタルツイン: 仮想空間に工場をまるごとコピーして、そこでいくらでも失敗できる。若手が本物の機械を壊す前に、安全な場所で複雑なトラブルシューティングの練習ができる。これは画期的だと思う。
- LLM(大規模言語モデル): ChatGPTみたいなやつ。過去の膨大な作業日報とかトラブル報告書を読み込ませて、「こういう症状の時、過去どうやって直した?」って聞くと、答えを教えてくれる。まさに、退職したベテランの知恵袋そのもの。
これらの技術が、ここ1年くらいで、驚くほどの速さで進化した。だから、「もう根性論じゃなくて、テクノロジーで解決できるんじゃないか?」っていう空気が、一気に現実味を帯びてきた。それが「今」なんだと思う。
知識が失われる、本当のリスクって何だ?
「ベテランが辞めて困る」って、口で言うのは簡単だけど、具体的に何がヤバいのか。ちょっと数字で見てみると、結構ゾッとする。
読んだ資料だと、アメリカの話だけど、ある仕事に必要なスキルのうち、平均で42%はその担当者しか知らない知識らしい。つまり、その人が辞めたら、仕事のノウハウの半分近くが消える。後任は、またゼロからそれを学び直さないといけない。これはキツい。
若手の離職率も、追い討ちをかける。
Z世代とかミレニアル世代って、昔みたいに一つの会社に何十年もいるって考え方が、そもそもない。ある調査だと、製造業に入った若手の離職率が半年で51%っていう衝撃的な数字も見た。まあ、これは極端な例かもしれないけど、政府のデータでも、製造業の新人さんの平均勤続年数はだいたい5.3年くらい。ベテランの知恵をじっくり吸収する前に、いなくなっちゃう。この世代交代の「時間差」が、致命傷になりつつある。
そういえば、これってアメリカだけの話だっけ?と思って、日本の状況も調べてみた。経済産業省が出してる「ものづくり白書」を読むと、やっぱり日本も同じ、いや、もっと深刻かもしれない。熟練技能者(60歳以上)の割合は高いままで、若年層(34歳以下)は減り続けてる。高齢化率を考えたら、アメリカ以上に待ったなしの状況だ。
結果、何が起きるかというと…
- ダウンタイムの増加と安全性の低下: これが一番怖い。ベテランなら数分で直せたトラブルが、経験の浅いチームだと何時間もかかってしまう。ある試算だと、工場の計画外ダウンタイムは1時間あたり平均$260,000(数千万円)の損失だって。ちょっとしたミスが、大きな安全事故につながるリスクも増える。
- 効率と品質の悪化: 「いつもと違う」に気づく直感とか、微妙な調整とか、そういうのが失われると、不良品が増えたり、歩留まりが悪くなったりする。品質は、こういう細かいノウハウの積み重ねで成り立ってるから。
- イノベーションの停滞: 每天、目の前のトラブル対応に追われてたら、新しいことなんて考えられない。改善活動とか、R&Dとか、そういう未来への投資に回す余力がなくなる。気づいたら、競合他社に置いていかれてるパターン。
- 採用と育成コストの増大: 経験者を一人辞めさせて、新しい人を雇って一人前に育てるのに、だいたいそのポジションの[給料の6~9ヶ月分]のコストがかかるらしい。しかも、今は「製造業のスキルギャップ」で、そもそも人が採れない。まさに負のスパイラル。
結局、現場の士気も下がるんだよね。「また同じ失敗してるよ…」とか、「教えてくれる先輩がいない…」とか。そういう不満が、さらなる離職を呼ぶ。本当に、いいこと一つもない。
じゃあ、どうやって知識を残すか?
昔ながらの方法と、新しいやり方。ちょっと比較してみようか。頭の整理のために、表にしてみる。
| 項目 | 昔ながらの技術伝承 | AI/IIoTを活用した新しい技術伝承 |
|---|---|---|
| 知識の形式 | 個人の頭の中にある「暗黙知」。完全に属人化。 | データ化された「形式知」。いつでも誰でもアクセス可能。 |
| 伝達方法 | 「見て覚えろ」。師匠の背中を見て、何年もかけて盗む感じ。 | AIがリアルタイムで指示。ARグラスに手順が表示されたりする。 |
| 学習の場 | 本番のラインのみ。失敗が即、損失や事故につながる。 | デジタルツイン(仮想空間)。ゲームみたいに、何度でも安全に練習できる。 |
| マニュアル | 分厚い紙のファイル。更新されず、誰も読まない置物になりがち。 | 動画マニュアルや、対話形式で教えてくれるAIチャットボット。常に最新。 |
| トラブル対応 | 退職したベテランに電話する(笑)。つながらないと、お手上げ。 | 過去の全トラブル事例を学習したAIに相談。「こういう時は、ここをチェックしろ」と教えてくれる。 |
| 弱点 | 伝承に時間がかかりすぎる。教える人の気分次第。そして、その人がいなくなったら全てが消える。 | 初期導入のコストや、使いこなすための学習が少し必要。あと、データがないと始まらない。 |
こうやって見ると、もうどっちがいいかなんて明らかだよな。もちろん、人と人とのコミュニケーションが不要になるわけじゃない。でも、今まで「根性」でカバーしてきた部分を、テクノロジーが合理的に補ってくれる。この変化は大きい。
「でも、お高いんでしょう?」っていう話
わかる。こういう新しいシステムって、何千万円もする大規模なものってイメージがある。昔は確かにそうだった。でも今は違う。
SaaS(Software as a Service)モデルが増えて、月額数万円とか、スモールスタートできるものがたくさん出てきてる。まずは、一番困ってる一部分の工程だけでも試してみるとか。PoC(概念実証)ってやつだ。
それに、コストを考えるときは、何もしなかった場合の「機会損失」も天秤にかけるべきだと思う。さっき書いたダウンタイムの損失とか、新人の採用・教育コストとか。そういう「見えないコスト」と比べたら、システムの導入費用なんて、案外安いのかもしれない。
要は、これを「コスト」と捉えるか、「未来への投資」と捉えるかの違い。考え方次第だと思う。
